ボクはDMが嫌い。だってウザいから。しかし「DMはゴミ」という帽子山さんの言葉に驚く。

ビジネス全般

ボクはDMをばんばんゴミ箱に直行させる人

こう言ってはなんですが、ボクはDMが嫌いです。
そこまで邪険に扱わなくてもええやんか・・・というくらい、DMへの扱いはキビシいです。
具体的にどんな風に扱うかというと、ポストから郵便物の束を取り出して、それぞれの封筒とかの外観をさっと眺めて、その場で要不要を即座に判断します。
その結果、そのうちに幾つかというか感覚的には八割方は一度も我が家にタッチダウンすることなく、そして一度も封を切られることもなくゴミ箱に直行です。
だって、後でとりあえず中身を確認してから要不要を判断しましょうねー、なんてことをやってたら、どんどん溜まっていく一方ですし、だいたい時間と労力がもったいないじゃないですか。
なのでボクはDMをばんばんゴミ箱に直行させるんです。
少々極論を書かせてもらいますが、外からやってくる案内とか情報なんてほとんど要らないものばかりだとボクは思ってます。
逆にボクにとって必要な情報なら、わざわざDMで届けてくれなくても、自分で自発的に情報を取りににいきますから。
ただ、そんなスタンスで主にDMであろう郵便物をばんばん捨てるものだから、捨ててはイカンものも勢いあまって捨てちゃうことがあります。
頻度と言うと月に数回くらいでしょうか。
いや捨ててはいけないものを捨てたと発覚していないだけで、たぶんもっとあるのではあるまいかと推測する次第です。
おかげで奥さんにめっちゃ怒られることもあります。たまにね(笑)

全日本DM大賞受賞セミナー in 大阪

さてそんなボクですが、なんの因果か、昨日こんなイベントに行ってきました。
全日本DM大賞受賞セミナー in 大阪
石川県山代温泉の旅館「宝生亭」を経営なさってる帽子山宗さんが最高賞であるグランプリを受賞。
そしてボクが勉強させてもらってるマックスブログ塾の壁下陽一塾長が銀賞を受賞。
我が家の娘ちゃんたちが時々入賞する書道展の賞みたいなやつかなと思いきや、大手企業や国の行政機関なんかががっつり関係するたいへん権威のある賞というから驚きです。
そのへんのところは長くなるので、下の過去記事を見てね。
全日本DM大賞の銀賞受賞のマックス壁下陽一塾長はどうやらただの「暴君」では無かったもよう
さて今回のイベントでは、先にあげたお二人がDMについて、約4時間にわたってお話しをされました。
そして知ってる人は知ってる、知らない人は全然知らないと思いますが、お二人は基本型通りのお話しはされませんし、一言でいうと悪乗りと悪ふざけがほとんどいう印象です。
まあボクはそのへんは決して嫌いではありませんし、どちらかと言うと好きかもしれません。
ただ人を選ぶというのは確かでしょう。
ただ結論から言うとボクの予想は完全に裏切られました。
さまざまなエピソードと学びと気付きがあったんですが、それらを全てあげるとブログ10日分くらいのボリュームになりそうなんで、今回は自粛させていただきます。
そしてボクの心に深く深く刺さった一つのエピソードだけに限って紹介させていただきます。

DMはゴミである

その心に刺さったエピソードとは、
DMはゴミである。2
 

DM=ゴミ。

であるというお話でした。
グランプリの帽子山さんはお話の冒頭で、良いDMを作るためのポイントを要約して説明してくださいました。

  • お客さんが共感するキーワードを盛り込む。
  • 受け取る年齢によって使い分ける。
  • 顔と個性を出して思いを伝える。
  • 捨てられないようにデザインとカタチを工夫する。
  • お客様にして欲しい事をしっかり書く。
  • そのDMが最終的にどうなるかをイメージしながら作る。

ボクのこの解説を聞いて、とても大きな武器を手に入れた気持ちになりました。
一つ一つのポイントについては、なんとなく心当たりはあるけれど、それらを体系立てて整理して頭にインプットできることを大変ありがたく感じたんです。
ただこの帽子山さんはこの解説をなさった後、驚きの言葉を発せられました。

こんなテクニックなんて必要無いし、意味なんて無い。

ボクは正直耳を疑いました。
この場は権威ある全日本DM大賞を受賞されたレジェンドのお二人が、価値あるDMの作り方や考え方などをレクチャーしていただける場である、というのが筋であろうと思っていたからです。
しかし驚くべきことに、最終的にボクは完全に納得してしまったんです。
少々いや大幅にボクの意訳が含まれていますが、伝えていただいた内容はこんなところです。

  • 良いDMを作るコツなんて結局は小手先のテクニック。
  • ガードの固い相手のドアをこじ開けるためにもの。
  • 好きな人からのお手紙を読まずに捨てる人なんていない。
  • 好きな人からのお手紙に上手い下手なんで関係ない。
  • 要するに好きな人からの手紙なのかどうかが全て。
  • だからDM以前に好かれる自分であることが全て。

以前からボクは、いろんな場でこんな言葉を耳にしていたんです。

何を買うのかではない。誰から買うのかこそが重要だ。

この言葉の意味と帽子山さんのお話がボクの頭の中で、完全にリンクしてシンクロした瞬間でした。

旅人と北風と太陽

これはもう説明不要だと思うんですが、童話に出てくる「旅人と北風と太陽」のお話そのものだなとボクは強烈に感じました。
嫌がっている人のコートを吹き飛ばそうとする北風と、テクニックを用いいてなんとか開封させようと仕組まれたDM。
かたや暖かな太陽の光を受けて自然とコートを脱ぎたくなるような、好きな人からのお手紙。
ボクらはこれまで根本的に間違ってきたんじゃないかなと心底思ってしまいました。
今までやってきたのはいったい何だったんだろうなと。

ディーラーさんで新車を買ったけれど

ボクはずいぶん以前にクルマをディーラーさんで新車で買ったんです。日産自動車のセレナというワンボックスカーですね。
ただ数年経つうちに、ディーラーの営業の人も所長さんも整備のスタッフさんも入れ替わって、いつしかボクはそのディーラーさんになんの興味も無くなってしまいました。
それ以来ボクは点検や整備を、ボクの家のすぐ近所にある小さな自動車整備工場にお願いするようになりました。
新車を買うのは正直躊躇しますが、普段の整備とかについては、ボクは気の良い人たちがいるこの整備工場にお願いしたいんですよ。
たまーに季節のお便りみたいなのや、次回点検のお知らせなんかを送ってきてくれまして、ほぼ言うとおりにしてます。
かたやディーラーさんから送られてくる新車発表会とかのDMなんかは、開封することなくゴミ箱行きです。
だって必要も興味も無いから。
逆にあの手この手でテクニックを凝らしてたりしてたら、よけいウザく感じるだろなとも思います。
このことからも、結局だれからのお手紙なのかが意味をもつんだなと確信するんですよね。
なんだか上手く言えないけれど、DMとかって本質的に「ツール」であって目的じゃないなと感じてしまいました。
その先にある何かが大切なんであって、そこの行くつくための方法の一つがDMなんですよね。
そして目的地に行き着くことを邪魔するDMなんて意味無いねと思いました。
そんなことに気付いた「全日本DM大賞受賞セミナー」だったんですよ。
もうちょっと自分の中で整理が必要なようです。

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