映画は「ゼロ・グラビティ」を観て思うこと。「宇宙空間で諦めるということは生きることを諦めるということ」という状況におかれたらボクならどうするだろう。

映画

映画って集中して観ざるを得ないから心に刺さるのかな

さーて今日のブログは映画がテーマです。
なにやら最近映画の記事が多いような気がしますが、映画が好きなんだから仕方ない(笑)
前に書いたんですけど、映画って制作側の本気度や密度や気合が他のメディアと違って圧倒的な気がするんですよ。
そのあたりがボクの胸に刺さる理由なのかななんて思うんですが、と同時にボク側の映画に向かう姿勢も違うんだなということにも気付きました。
だってテレビや音楽なんかと違って、映画ってある程度集中して向き合わないと話が分からなくなるじゃないですが。
特に洋画の字幕版なんかだともっとそう。
字幕を見逃すと後は話がぜんぜん分からなくなりかねないですから(笑)
そんなこんなが映画がボクの心に刺さる理由なんだなと思います。
もちろん映画といってもピンキリなので、あくまで良い映画に限ったことですよ。

「ゼロ・グラビティ」2013年作品

さて今日クローズアップする映画は「ゼロ・グラビティ」です。
一昨年だったか去年だったか公開された映画で、まだまだ最近の映画ですね。
では早速例のごとく外部サイトの解説やあらすじを引用させてもらいますね。

解説
『しあわせの隠れ場所』などのサンドラ・ブロックと『ファミリー・ツリー』などのジョージ・クルーニーという、オスカー俳優が共演を果たしたSFサスペンス。
事故によって宇宙空間に放り出され、スペースシャトルも大破してしまった宇宙飛行士と科学者が決死のサバイバルを繰り広げる。
監督を務めるのは、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』『トゥモロー・ワールド』などの鬼才アルフォンソ・キュアロン。
極限状況下に置かれた者たちのドラマはもとより、リアルな宇宙空間や事故描写を創造したVFXも必見。
あらすじ
地表から600キロメートルも離れた宇宙で、ミッションを遂行していたメディカルエンジニアのライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)とベテラン宇宙飛行士マット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)。
すると、スペースシャトルが大破するという想定外の事故が発生し、二人は一本のロープでつながれたまま漆黒の無重力空間へと放り出される。
地球に戻る交通手段であったスペースシャトルを失い、残された酸素も2時間分しかない絶望的な状況で、彼らは懸命に生還する方法を探っていく。
Yahoo!映画 ゼロ・グラビティ

パッケージ

サンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーがステキ

W主演のサンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーの二人だけしか人が登場しない映画として話題になってましたね。
ジョージ・クルーニー演じる宇宙飛行士の船長は、常に冷静でユーモアを忘れないで、そして思いやり深いとてもステキな人。
そしてサンドラ・ブロックはほんとうは気弱でな人なのに生き残るために否応無しに強くたくましくなっていく人。
二人ともボクが大好きな俳優さんたちですが、全編通して二人だけのやり取りに終始する内容になんだか圧倒されてしまいました。
 

ボクの心に刺さったのは「決して諦めない」主人公の姿勢

この映画はね、いろんな見方があると思うんです。
フルCGで映像的にスゴイですしね。無重力状態での宇宙空間でミッションを遂行するシーンとかほんとリアル。
ああ宇宙空間ってこんなんなんやみたいな。
そしてサンドラ・ブロックやジョージ・クルーニーが、いつも以上にクールでカッコいいなあとかね。
お話だって、たった二人しか登場しないのに、全然退屈しないどころか、息をつく間の無いくらいにジェットコースターのように見通すことができますし。
ただね、ボクの心にグサっと刺さったのはそのあたりのことではなくて、とにかく

主人公たちが絶対に諦めない

ということだったんです。
映画に対する感想とかって、その映画そのものだけじゃなくて、観る人の心の内面になる何かと結びついて、何かが生成されるというのがボクの持論です。
まあそんな難しいこと考えていつも映画を見ているわけじゃないですけどね(笑)
サンドラ・ブロック

宇宙空間ので絶体絶命の危機

ぜひご自身で映画を観て欲しいですけど、とにかく宇宙空間ので絶体絶命の危機が訪れるんです。
そしてなんとか生き残ることを目指して、次々を手を打っていくんですが、なかなかどころか、何をやっても上手くいかないんです。
でもサンドラ・ブロックもジョージ・クルーニーも絶対に諦めない。
これがダメなら次をこれをする。これがダメなら次はあれをやる。という感じで次の手、次の手を模索しつつチャレンジし続けるんです。
それもいつゲームセットになってもおかしくない、極限状態の中でそれをやりつづけることが凄まじいです。

宇宙で諦めるということは生きることを諦めるということ

ボクはね、この極限状態の中で決して諦めることなく、次の手、次の手を模索して実行していく主人公たちになんかちょっとショックを受けてしまいました。
これをね、ボク自身の身に置き換えてみたらどんなだろうなとかね。
もちろんボクは宇宙空間にいるわけではないので(笑)置き換えるってなかなか難しいんですけどね。
例えばボクの仕事としましょうか、何か上手く行かないことってありますよね。
というか基本上手く行かない、予定通りにはならないというのが普通です(笑)
思惑通りに行くことなんて、全くと言っていいほどありませんよね。
その中でも絶体絶命とは言わないまでも、めっちゃピンチな時ってあると思うんです。
そんな時にボクはいろんな反応をすると思うんですよ。
例えばですが、

  • まあ仕方がないかなと諦める
  • また後で考えればいいんじゃない?
  • 今すぐ困るわけではないから見なかったことにしよう。
  • また誰かがやってくれるんじゃないかな?
  • とりあえず思考停止する。

なんてことをやってるかもしれません。
ボクは頑張るときには頑張りますが、カッコ悪いですけど、逃げちゃうことも無いわけじゃないです。
まあ、何が何でも諦めずに前進あるのみ!というスタンスでないとダメというわけではないと思いますしね。
時と場合によっては、諦めることが必要なこともあるだろし、逃げることができるなら逃げたほうが良い時もあるんじゃないかなとも思いますしね。
ただ、この「ゼロ・グラビティ」の中の主人公達が置かれている状況は全く違います。
だって宇宙空間には逃げ道も明日もありませんから。
諦めるということは、生きることを諦めるということとイコールなんですよね。
明日も、また今後も、思考停止も、代わりにやってくれる誰かもいない。
諦めるイコール死んじゃうということですから。
幸か不幸か、たぶん幸だと思うんですけど、ボクはここまでの極限状態に直面したことは無いです。
というか全く無いわけではないけれど、宇宙空間に比べると比較にならないレベルのことですよね。

諦めるということは生きることを諦めるということ。

マネはできないけど、こんな状況だってありえるんだよということを心に片隅において日々、大切なことに限っては諦めることなく、できるだけのことをしなくちゃなと思ったボクなのでした。
これにしても「諦めるということは生きることを諦めるということ」っていう状況がスゴいなあ。
この「ゼロ・グラビティ」はフィクションだけど、実際に同じような極限状態に置かれて最終的に地球に帰還した「アポロ13号」とかあるので、それこそ本当にスゴイなと思うなあ。

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