神戸ルミナリエと1995年1月17日の思い出

おでかけあれこれ

20年ぶりに神戸ルミナリエに行ってきました

こないだの日曜日、毎年行きたいなと思いながらなかなか行けなかった「神戸ルミナリエ」に家族で行ってきました。
会期は12月4日~12月13日やったんですけど、なんとかやりくりして最終日に行くことができたんですよ。
マックスブログ塾の同期で人生の先輩である、「いけばな光風流」家元・内藤正風さんがFacebookで「ルミナリエに行ってきたよー!最高だよー♪」という投稿をしてはるのを見て、どうしても見に行きたくなってしまったんですね。
ルミナリエ3↑まあボクの自撮りはどうでもいいですが(笑)
20年ぶりに見るルミナリエは以前と変わらず、あるいはそれ以上に素晴らしくキレイでした。
子供たちに見せることができたのが良かったなと思います。初めてでしたからね。
ルミナリエ2 ルミナリエ1
そして印象深かったのが、スゴイ人出であったのにも関わらず、運営がとても整然としてして、スタッフの人たちや警備の人たちがプライドや誇りをもって携わっているのが伝わってきたことです。
やはり神戸ルミナリエは他の観光スポットや観光行事とは、成り立ちから違うので、そのへんが関係しているような気がいたしました。

神戸ルミナリエの始まり

知ってる人は知っている、知らない人は全然知らないと思いますが、神戸ルミナリエは「阪神淡路大震災」に関わっているんですね。

神戸ルミナリエ開催概要
「神戸ルミナリエ」は、阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託し、大震災の起こった1995年の12月に初めて開催しました。
以来、神戸ルミナリエは震災の記憶を語り継ぎ、都市と市民の「希望」を象徴する行事として、毎年開催しています。
今年、2015年で21回目を迎える「神戸ルミナリエ」。神戸の冬を彩る荘厳な光の芸術作品をぜひご覧ください。
神戸ルミナリエ公式ホームページ

震災が起こったのが1995年1月。そして神戸ルミナリエが初めて開催されたのが、同じ年の12月で、ボクも嫁さんと1歳だった長男と見に行かせてもらいました。
ボク自身は震災で具体的な被害を受けたわけではないので、震災については何かを言う資格はないんですよ。
ただスゴイなあ、みんながんばってはるなあ、と感じだことを思い出します。

20年前の思い出

20年前の今頃、ボクは仕事の転勤で東京の荒川というところに住んでたんですよ。
そして1995年の1月17日は嫁さんと生後6ヶ月の長男何かの用事で大阪の実家にいたんです。
当日の朝、ボクはテレビやラジオを点けることなく、超混んでる山手線に乗って浅草橋にある会社のオフィスに出勤しました。
するとどうでしょう、みんながみんな「金川さん大阪の家族は大丈夫なの?!」と聞いてくるではありませんか。
何が起こってるのか知らないボクは「はっ?」と答えるしかないんですが、それでもタダ事ではないことが起こってるのだけは伝わりました。
そしてオフィスのテレビを見て見ると、ヘリコプターからの空撮映像で、根こそぎ倒壊した阪神高速道路やビル群が映しだされていました。
そしてあちこちで火事が起こってもうもうと黒い煙が空に立ち上っています。
そんな感じで何か映画でも見てるような気がしたのを覚えています。
もちろん大阪の家族に安否確認の電話をするんですが、全くつながらない。
昼前になってなんとかケータイだけは繋がってやっと無事が確認できましたが、それまでの時間は生きたここちがしませんでした。
関西大震災
↑当時はインターネットでなんでも分かる時代ではなかったので、保存版のつもりで買った写真雑誌です。震災間もないころは、「阪神淡路大震災」ではなく「関西大震災」と呼ばれていました。
そんなことがあったので、神戸ルミナリエはボクにとってちょっと格別なものな気がするんです。もちろん神戸の方にとってはそれどころではない格別ものでしょうね。
また当時生後6ヶ月だった長男が今は神戸で下宿しているのも、なんだか面白いなと思うんですよ。
というわけで神戸ルミナリエにまつわるお話でした。
ではでは。
 

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