「紫電改」って何ですか?とひんぱんに聞かれるので社名の由来をあらためて紹介します

紫電改あれこれ

社名「紫電改」の由来を改めて紹介します

こんにちは。WEBディレクターの金川です。
さて今日はボクの会社「有限会社紫電改」の「紫電改」の由来について、さらっと解説させていただきます。
と言っても、プロフィールのページには書いてあるんですけど、まあそこまでなかなか読まないのが普通だと思うし、ボクだった同じようなものですから。
なので新しく出会った方はもちろんのこと、けっこう何度も会っている方でも「紫電改ってナニ?」と聞かれることもしばしばです。
たまにちょっと詳しい方だと「あのゼロ戦みたいなやつのことですか?」と言ってくださる方もおられますが、ごくまれです。そして上級編だと言っていいでしょう。
かなり昔ですけど「紫電改のタカ」というコミックがけっこうな人気を博したらしいので、それで何となく知ってる方がいるのかもです。

そんなわけで改めて社名の由来を解説させていただくわけです。

旧日本海軍戦闘機「紫電改」に由来

社名の「紫電改」は、おおよそ70年前の旧日本海軍戦闘機「紫電改」に由来してるんです。
紫電改はざっくり言うと有名なゼロ戦の後継モデルと言っていいでしょう。
ボクは決してミリタリー(軍事)マニアというわけではありませんし、太平洋戦争のころの歴史に詳しいわけでも無いんです。
でもね、紫電改の生まれた背景であるとか経緯であるとかを知るうちに、心が動くモノがあったんですね。
そして約三年前に自分の会社名を「有限会社ジオワークス」から「有限会社紫電改」に社名変更したんです。
まあ裏話というか、笑い話というか、笑えない話というか笑、社名を変更した直後はいろいろありました(笑)
反対されるのが予想できたので奥さんには内緒で社名変更したんですが、案の定めっちゃ怒られました(苦笑)
なんか偏った思想の持ち主に誤解されたらどうすんの?!ということでして、ボクも納得はできなくても、そう思う気持ちは理解できますしね。
ちゃんと説明したこともあってか、いや諦めたんでしょう、最近では特にこの話をすることは減りました。諦めたというより呆れられたというほうが正確かも?

紫電から生まれ変わった紫電改

ではさっそく紫電改のエピソードを紹介しますね。

時はおよそ70年前、太平洋戦争末期のこと。
開戦から3年以上が経過し、すでに時代遅れになって米軍機の相手では無くなりつつあったゼロ戦に替わる戦闘機として後継機「紫電」が開発されました。
しかし、開発時のいろんな無理がたたって、設計に問題があってその結果故障がとても多く、また性能的に期待を下回るものだったので、戦闘機パイロットたちから「使えない」「役立たず」というレッテルを貼られていました。
しかし、紫電の秘めたポテンシャルを知っていた開発陣はそれを相当に悔しく感じたんでしょう、全身全霊で創意工夫を凝らし、持てる力のすべてをつぎ込み、さらには世界最先端の新技術「自動空戦フラップ」を投入して、まるで別物に進化させたのが「紫電改」です。
ただ、時勢が時勢だったので、結果的にさほどの活躍をするチャンスを得ることができずに、終戦を迎えることとなりました。
しかし終戦後、紫電改を入手した連合軍が高品質の燃料と潤滑油を入れてテストしてみたところ、米軍の最新鋭戦闘機を速度で軽々とぶっちぎり、空戦演習でもあらゆる米軍機を圧倒したという、驚異的な超高性能を発揮したといいます。

紫電改のように大きく変革して飛躍したい

紫電改の開発にいたるエピソードを知って、ボクは勇気というか心が熱くなったことを思い出します。

「使えない」「役立たず」と評価されてるモノ、ヒト、会社、お店でも、本気で考えて、創意工夫して、正しい努力を続ければ、相当なところまで行ける!

そんな思いを込めて社名を「有限会社紫電改」に改めたんですね。
自分自身も紫電改のように、大きく変革して飛躍したいですし、ボクが仕事で関わらせていただくクライアントさんのみなさんにも、紫電改のように飛躍してもらう支えになりたい。
ちょっとカッコ良すぎる気もしますけど、けっこう真面目にこんな風に考えています。
やっぱり社名を紫電改にして良かったな!
登記やらなにやら法務局や税務署などなどを回って全部自分でたって、けっこう大変だったですけどね。
さーそろそろ本格的に飛躍しないとね。
本日は以上です。